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甘美な韻律 87 【S】






魔法使いの髪は濡れていて、南国の果実のような匂いがした。



智恵「…寒くしてない?」



頑なに何も答えない私の背中を冷たい手が撫でる。

控えめに、滑るように。

どんな跡も残さない力で。

こんなふうにされるのは初めてなのに、思った通りだと感じてる。


彼女からかかってきた電話にすがりつくようにして出た後、不思議と手の震えは止まり、混乱を極めていたはずの心は勝手に整理整頓を始めた。

かけてくれた言葉は正直ひとつも覚えていないけど、緊張感のない声が怯えきった神経に心地良かった。

それはあの、薄ピンク色の泡を分け合った日の感じに似ていた。


タクシーで病院まで駆けつけてくれた智恵さんに未だお礼のひとつも言えないでいるのはきっと、彼女の濡れ髪から私の知らない香りがするから。

あの頃と違うシャンプーを使っている。

そんな呆れる程どうでもいいことが、今はえらく癇に障った。


手術室から出てきたハナさんはまだとても話が出来る状態では無かったけど、穏やかな顔で静かに息をしていた。

息をしているというだけで涙が溢れた。

大切な人が確かにそこにいて、生きていてくれる事実が、私の胸ぐらを掴んで揺さぶった。

途端に怖くなった。

こんなふうに取り乱してしまったことで自分の中の何かがまた一つ変わってしまった気がして、戻せない時間を悔いていた。


智恵さんはダンマリの私に見切りをつけたのか、羽織るもの持って来れば良かったねぇと独り言のように呟いている。

理解不能な感情を振り払いたい一心で彼女の細い肩に乗せたおでこをもっと強く押し付けたら、背中の冷たい手は二つに増えた。



智恵「あ…すみれさん」



顔を上げると、智恵さんに軽く会釈をしながら店長が待合室へ戻ってくる。

弾かれるように立ち上がった私を気遣って、くしゃくしゃの笑顔を見せた。



スー「ハナさんは…」

達也「ちょっと出血多かったから、今日はもうこのまま休ませた方がいいみたいなんだ」

スー「…そう…ですか」

達也「子どもも、小さめだけどね。大丈夫。もう大丈夫だってさ」



一気に力が抜けて、思わず智恵さんに寄りかかる。



達也「顔見てやってくれる?」

スー「……でも」

達也「今夜は保育器越しだけど、呼吸も落ち着いてるから」



どうしていいかわからず智恵さんの顔を見たら、いつの間にか繋いでいた手が軽い力で引かれた。

冷たい指につかまって廊下を進む。

足の裏にローラーがついてるみたいにスルスル進む。

夢の中みたいだと思った。



達也「ほら、見て…小さいだろ?」



生まれたての小さな人は、思ったよりずっと活発だった。

何かに驚いたように腕や脚をビクッとさせたり、口を開けたり。

時々見える黒い瞳が、私こう見えて本当はなんでも知ってるんですよと言ってる感じだ。

本当に何でも知ってるのかもしれない。



智恵「わぁ…可愛い」

達也「でしょでしょ?生まれたばっかでもうこんな美人だなんてさぁ」



小さい人は黒目を光らせると、口をむにゃむにゃ動かした。

見てて。

うちのパパ、今に言うから。

目が俺にそっくりなんだよってね。



達也「浮腫んでてわかりにくいけど、多分パッチリおメメじゃん?これは俺譲りだから。ほら、まんまじゃない?これ俺の目じゃない?」



ほらね。

チラリと小さな舌が覗く。



智恵「…どうしたの?(笑)」

達也「すみれチャン?なに笑ってんの?(笑)」



短い面会の終わりに、あたためて清潔にした手でほんの少し触れることが許可された。

遠慮すんなってと店長に掴まれた手が、みっともないくらいに震えた。



達也「光、すみれチャンだよ」

スー「ひかり…」

達也「希望の光。いい名前だろ?」



恐る恐る伸ばした私の指を、光は思いがけない力強さで握りしめた。

しっとりとした手のひらから、何かが流れ込んでくる。

それはあっという間に全身を巡って、胸の真ん中をポカポカと満たした。



智恵「爪、小さいね」

スー「…うん」

智恵「すごく、可愛いね」



可愛い。

小さくて、清潔で。

あたたかくて、柔らかくて…



スー「正しいです」

智恵「そうだねぇ」

達也「…なにが?(笑)」



今日の日が終わる最後、その小さな指を離す時。

光の瞳が私を捉え、印を付けたような気がした。

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コメント

No title

ハナさん。

よかった‥‥無事 産まれたんですね(T ^ T)

おめでとうございます!



凄く重大な出来事に直面してる時 まったく関係ない事とか、別に 今考えなくてもいい様な事とかが浮かんできたりしますよね。
で、ふと 「‥‥なんで今??」って自問自答しだしたり^_^;
でも、これってきっと、頭の中で 一生懸命 情報処理する為に、落ち着かせようとしてるのかな‥‥なんて事を、今回のお話を読みながら感じて、
今迄の自分を振り返ったりして、何だか 勝手に納得してしまいました(笑)


そしての、智恵は やっぱり魔法使いでしたね!

シャンプーが違う事に気付いたスージーの嫉妬が、可愛いかったです(*´°`*)

2019/09/08 (Sun) 23:14 | あいわんこ #- | URL | 編集
Re: 快獣マミーさん

歌番組はねぇ、NEWSちゃんの出番直前、その時何をしていようとテレビ前集合、これからうちの子達が歌って踊ります!どうぞよろしくお願いします!!!(世界へ)って気持ちで見守るのね。
収録ものなら各々自担を応援しまくるし、今の見た!?とか可愛すぎて無理じゃない!?とかうるさいんだけど、生放送だと緊張で手に汗、微動だにせずだから、ノリノリになれるのは出番終了後のリピ時ですね。
嵐のことは落ち着いて見ています(信頼と実績の嵐)
ちくわの飼い主はゆうちゃんだよー。

2019/07/09 (Tue) 15:59 | アキラ #- | URL | 編集
Re: Emilyさん

熱があるの!?
それは大変だ…もしや溶連菌?(先週子どもから溶連菌プレゼントされた人の思考回路)
栄養と休息、こんな時くらいは自分のこと最優先で早く良くなってください。
スリザリンでもレイブンクローでもないところにEmilyさんの愛を感じたよ〜
ヌルヌル粘液ペースで頑張るから、元気になったらまた来てね。

2019/07/09 (Tue) 15:33 | アキラ #- | URL | 編集
組合員一同www

そう言われたら 一年,,,,,,,空いたんですよねー。
年取ると月日早くなるとはいえ 一年,,,,,,,
あぁ 気もながくなるのですかね?ゆるーく まってましたよ本当に

一年たつと物忘れが,,,,,,,と言おうとおもったけど お話し内容結構思い出せるかも。
お話しすんなり読めます。
でも「セイジくん」だっけ?漢字はすぐにはでてこないし ちくわの飼い主のお名前があやふやだけど←ダメじゃん しっかり忘れてるじゃん。

つか 感動なのに 智恵さん 髪の毛ふいてーーー 風邪引くーーーーーって ずっと思ってしまうわたし

さぁ 大型うたばんは ちょいと時間あきますが 連日WSなぞあるので サクサク編集せねばです。

あきらさん家の姫ちゃん ノリノリでみたんですかね?もう お姉さんになったから そんなことしないかな?

2019/07/09 (Tue) 08:41 | 快獣マミー #Pg6Ch65A | URL | 編集
光…いい名だね。

私事なんだけど、今、熱が上がっているところでね、すこぶる体調がよくないのですよ。
そのせいかな、何かまぁまぁの泣きをしてしまっているのですが。

作者による焦らしプレイと伺っていましたが、復帰間もなく、私の推しキャラのスーちゃんにこんな日が来るなんて…
智恵ちゃんの魔法はホグワーツ卒業でも使えないな。ごめん、ぼんやりした女だとか言ってm(__)m

ところでアキラさん、どうやら組合員一同、1年待てる気長なタイプのようですので、焦らしプレイは、あまり効果がないかも知れません(笑)
なので、ゆるーく(ほぼ液体だねってほど緩く(笑)更新待ってますね。

2019/07/08 (Mon) 21:09 | Emily #- | URL | 編集

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